職場で俺は

ひたすら商品のピッキングに当たっている。
アルバイトさながらの業務に多少飽き飽きし始めている頃ではあるが、研修期間で商品知識を脳内に埋め込まなくては営業は始まらないので仕方が無い。
そう自覚はしているものの、こんな連日商品知識インスコ月間にストレスは付き物で、最近ではそのイライラはピークに達しているような気がする。
そして今日、もう死語になったであろう「花の金曜日」に上司があるキツイ嫌みを俺にこぼしたので、
「研修生だからってナメてますよね?俺だって言う時は言いますよ。ってかアンタ、俺との間に主従関係思いきり作って嫌み言って腐りきった優越感に浸ってるでしょ?そんなチンケな上司に従ってる俺もバカだけど、それで日頃のストレスを俺にぶつけるなんてアンタは俺以上のバカですよ。こんなちっちぇー会社の上司にしかなれないアンタだけど、それで満足してるアンタでもある。家に帰ったらカミサンに小言言われて、娘には臭い物扱いされて、ペットの犬にまで小便をかけられる始末。そんな賞味期限切れのアンタにイヤミ言われてると思うと、自分が情けなくなりますよ」
とヤンキー座りしながら上目遣いで上司をみつめ、終いにはタバコを取り出して仕事場で吸ってやった、
というのは全てウソで、
終始「イエスマン」になってやった。
上司は上司で辛いのだと思うから。


いつだかのCMで阿部寛
「幸せの貯金、できますか?」
みたいなことを言っていた。
俺も近々、近所の三井住友で言ってみようと思う。だが、阿部寛よりも背が小さいので止めておく。
ただ結構このCMは俺の中ではヒットしていて、よく考えさせられる言葉となっているのは事実。
現ナマすらロクに貯金できていない俺だが、そこは目を瞑り、憧れの「大人男児の世界」に背伸びしてでも、いや、阿部寛くらいの身長まで背伸びをしてでもやってみたい「幸せの貯金」
さて、「幸せの貯金とはなんぞや?」と昔の国語教師のごとく「ぞや」などと使ってみはしたが、全く不馴れな言葉を使うのは至ってダサイ。
「不幸せな連日」を過ごせば、ある日「幸せな一日」が来るのかもしれないという安易な考えがあるが、俺は結局「人生安易でナンボ。なんか文句あるかい!」の質だから、多分今現在は「不幸せ」なのだと思う。多分、その「幸せの貯金」が満期になったら、俺は東京ドームの屋根でトランポリンを体験できる、などというシュールな考えは抜きにして、リアルにその「貯金」の使い道を考えてみたが、結局のところ、その「幸せの貯金」は俺の意志で出し入れ自在なのか、それとも自在ではないのか、と考えてしまう。でも根っからのネガティブっ子、通称「ネガちゃん」な俺の考えは後者なのである。



こんなロクでもないことをヅラヅラと書き流したが、とりあえず明日から俺は「幸せの貯金」実行します。
「人」との出会いは多分「125ラッキー」くらい使うと思うので、まずは引きこもりから始めようと思います。