1999年、夏、牛丼。

1999年、夏、僕は牛丼を食べていたという記憶はない。
でも僕が思うに、1999年、夏、これは牛丼を食べなくてはいけない年で、僕は確実に


「牛丼ティーンネイジャー」


として人生を歩むべきだったと思う。

近年の僕はよく牛丼を食べる。
遅咲きの牛丼ブームに身を委ねた僕だが、確実に牛丼を食する「場」を失っていた。
だから、牛丼を扱う店を見つけては、僕は毎度のこと狂喜乱舞するわけである。
でも牛丼を食している最中に狂喜乱舞してしまうと、確実に他人から狂牛病感染者と認知されるので、
何とかその辺の理性は保つ。


さて、牛丼愛好会員、IDナンバー4番の僕は、牛丼を食する前にやることといえば、


「紅ショウガ」


これを「ガッツリ」改め「モッサリ」改め「ゴッソリ」とのせる。
というより、あの「紅ショウガ瓶」の中にあるそれを、全部のせる。
赤く後染めされた牛たちは、確実に「牛肉」としてのプライドと存在意義を奪われたため、
心無しかノッペリ、いや、シンナリとする。


多分牛肉たちからすれば、紅ショウガは片隅にポツリと存在すればいいわけである。
ただ、僕はまず「もんじゃ焼き」を作る際に必要な「土手」のごとく、ドンブリ内に「紅」を敷き、
その「紅」の円内に「紅瓶」を逆さにして「紅」をドッサリ盛る。


まさに「紅丼」なわけで、要するに「豚丼」だろうが「牛丼」だろうが、
彼らは結局「紅ショウガ」のあの無神経極まりなく、それでいて不健康そうな「赤色」に染められる。
まるで後染めの「リーバイス501」のように。


1999年、夏、僕は、「紅ショウガ」の存在を知らなかった。
それはこの23年の人生の中で、一番の不覚であろう。
あの頃の僕は、牛丼並み「ツユダク」を「汗ダク」で食べていた。
それだけで幸せだった。


「幸せの最中は盲目的になる」


これは正解だ。
1999年、夏、牛丼。
明らかに僕の頭の中には「ツユダク」しかなかった。


アイ・ラブ・ツユダク


なんてリベラルな言葉。
  

そして2005年、夏、牛丼。

僕の牛丼アイテムに「紅ショウガ」が加わった。
これは不動のメンバーになるに違いない。
となると、今まで司令塔として働いてきた「ツユダク」を解雇せねばならない。
だが契約金、
「5200ドンブリ〜」
を支払った僕が、これでは大損を喰らう。
そこで考えたのが「ニューフェイスとベテラン」の、

「共存」


これしかない。
僕はこの「共存」を確実なものとしたい。
SO、ソー、だから、近々僕はこの2選手を食社会の土俵に立たそうと思う。


「いらっしゃいませ、どちらのメニューになさいますか?」

「え〜、じゃあ牛丼並み、『ツユベニダク』でお願いします。」

「紅ショウガはセルフです。」



共存失敗。

所詮、「紅ショウガ」はセルフだ。



結局、社会は僕の妄想になんかついてきてくれやしなかった。