紋白蝶1

【現実】
 タバコ、ライター、冷蔵庫、ノートパソコン、MDラジカセ、テレビのリモコン、そして僕。朝起きると、僕のこの世に存在する物はこれが全てである。決して多くはないが、少ないと思ったこともない。普通、そう、至って普通の数である。多分、これ以上の存在するものがあっても、僕はそれらに価値観を抱けないし、それ以下になってしまえば、僕の存在価値も希薄になってしまう。そう、彼らが僕の存在を証明し、僕が彼らの価値を最大限に引き立たす。僕の生活の始まりは、彼らとの「共存の確認」から始まるのだ。
 取りあえず僕はシャワーを浴びる。頭を洗い、顔を洗う。そのついでにヒゲを剃り身体を洗う。足の指をひとつひとつ丹念に洗う。シャワーを浴びることにより、僕の思考回路は覚醒されるのである。1日を始めるのに大切な、僕の儀式でもある。シャワーから上がり、インスタントコーヒーを飲むが、食パンの1つも僕は口にしない。僕の胃袋はいつも「コーヒー」を求め「食パン」を拒絶する。米などはもっての他であり、食べようとすれば、たちまち僕の胃袋は危険の窮地に立たされる。そんなわけないと自問自答しながら、僕は大学へと向かった。唯一、僕の存在価値を見い出してくれる彼女に会うために。

【非現実】
 「ここはどこだ。暗い。」とにかくこの場は居心地が非常に悪いが、なぜだかミスタータナカはここに20年ばかり居座っている。いや、居座ざるをえないという言葉のが正確である。ミスタータナカ、この名に彼はひどくショックを受けている。タナカ、この名前は日本各地に存在する名前である。もっと違った名前、例えば「サオトメ」ミスタータナカはこの名前を非常に気に入っている。トシオの知人に「サオトメ」という名前の者がいるとすれば、ミスタータナカは彼を尊敬し、崇拝するに違いない。それほど「サオトメ」の名に憧れているのであるが、その根拠は自分でもわからないらしい。
 「やっとシャワー浴びてくれたか。ここまで来るのに何分かかってるんだよ、全く。共存の確認は認めてやるさ。トシオには友達いねぇから、電化製品か何かに価値を見い出すしかないもんな。ただ、シャワー浴びてやっと思考回路が覚醒される、そんな面倒起こさないでくれ。性格暗い上に、俺の周りまで暗くされちゃ、たまったもんじゃないよ。」
 ミスタータナカはトシオがコーヒーを胃袋に流し込むことを非常に好む。コーヒー以外は流し込んではいけない。そのストイックというか、胃袋にコーヒー以外は何も与えないという、自虐的な行為とでも言えよう行動、ミスタータナカはそんなトシオが好きである。ただしこれが唯一、ミスタータナカがトシオを好む部分であり、その他に好む部分は多分ない。他に挙げるとすれば、それはトシオの彼女である。