紋白蝶2

【現実】
 取りあえず僕は地下鉄に乗り込んだ。大学に行くためいや、彼女に会うために地下鉄に乗ったと言ったほうが確実であり、もし「大学へ行くために地下鉄に乗った」などと言ってしまったころには、ミスタータナカが黙ってはいないだろう。電車の中で、ふと僕はミスタータナカについて考える。僕の中でミスタータナカの存在が大きくなっていったのはいつだったか。確かあれは19才の時だった。最初は本当に邪魔な存在だったと常々思っていた。僕がリサと別れた晩にミスタータナカはふと現れた。リサ、彼女は僕の始めてのガールフレンドであった。リサは僕から別れる時こう言った。
「常態というものはつまらないものね。」
そういって彼女は僕から去って行った。その言葉の意味することは、当時ではもちろん、今でもわからないでいる。常態とは一体何だろう。僕らの関係は常態であったのか?いや、それほど常態ではない。どちらかと言えば変動の毎日を過ごしていたハズだ。じゃあ、僕は変動を好んでいるのだろうか?それは違う。僕が好むのは常態だ。その時の僕も今の僕も、変動する日々に対応できやしない。僕は常態に慣れ過ぎてしまったし、今後も常態でいることを望んでいる。リサが僕のもとから消えて1年が経った。今なら勇気を持ってリサからリサの考える「常態」を聞くことができるだろう。しかし、聞くには少々時間が足りなかった。もうリサはいない。僕の側にいないのはもちろんのこと、もう僕の存在する場所にはいないのだ。でも、僕の中ではリサ、いや、僕の知っているリサが宿っている。僕のエゴで作り上げた等身大のリサ。
なおも電車は走ってゆく。川の流れ、時の流れのごとく、僕を未来へと運んで行く。僕の意志とは反対に、全ての過去は遠ざかって行った。