紋白蝶4

【現実】
 11月の寒空の下、僕と彼女とランチをとることになった。と言っても、大学で会う時はいつもそうしている。彼女は僕から見れば美人の部類に入るだろう。それも上位に彼女は位置すると僕は思う。黒目が大きく、笑うとその目は閉じられる。髪は肩にかかるくらいで、耳は小さい。鼻は低いがそんなトコが可憐でもある。
 僕と彼女は近くの公園でサンドウィッチを食べた。僕はランチにたいていサンドウィッチを食べている。ここ数年そんな感じである。彼女は料理が好きらしく、いつも自家製のランチを作るのだが、僕に作ってくれた試しは一度もない。多分、彼女は僕がランチにサンドウィッチを食べることに、何か使命めいたものを抱いているのだろう、と考えている。という風に自分を慰める。だから、
「トシオこの人参甘いよ、食べる?」
と言われても、僕はいつも断っていた。その前に僕は人参が苦手である。彼女のイジワルなジョークなのだ。
 昼食を二人でとるのだが、僕らはこれといった会話はしない。端から見れば、暗いカップル、意味深なカップル、倦怠期なカップル、と思われているのだろう。ただどれも該当しない。これが良いのだ。これが僕と彼女の状態であり、僕の望む「常態」なのかもしれない。
 昼食後、僕らは決まって散歩をする。いつも僕が前を歩き、彼女はその後ろをついてくる。その時、彼女は僕の影を踏んで歩くのが好きらしい。
「影踏むなんて、なんだか自分が踏まれてるみたいで嫌な感じだよ」
「いいじゃない。あなたの影、素敵よ」
「影が素敵?」
「そう」
「ねえ、影ってなんであるんだろう?必要なのかな?」
「わからないけど、私にとってあなたの影は十分必要よ。影がなかったら、散歩の楽しみ1つなくなっちゃうしね」
影を好きでいてくれる女性は、これまでいないし、これからも現れないだろう。
多分、影とは自分の存在を証明してくれるものである、と僕は思った。存在の証明。そう、僕の存在を証明してくれるものは、僕の影しかないのだ。そんな影を好む彼女は、必死に僕の存在をアピールしてくれている。
そんなことを知ったのは、寒さの厳しい冬を超え、春の訪れを待ちわびているころだった。
紅葉の季節も終わり、散歩道は赤や黄色の落ち葉で敷き詰められている。そんな道を二人はただ黙って歩く。
聞こえる音は「ザクッ、ザクッ」という、落ち葉の弾ける音だけだった。