各駅停車ジュンペイと師匠カエルvol.2

 雲の流れが早い。太陽は次々と流れ来る雲に姿を見え隠れさせている。涼しげな秋風を受け、僕は目を覚ました。五限目終了のチャイムが鳴る10分前に僕は再び現実へと引き戻された。僕は夢という虚構の世界で「ウーロン茶」になっていた。飲まれる前に現実の世界へと戻ったわけだ。飲まれないウ−ロン茶に、存在価値を見い出すのは至極困難なことである。そろそろ帰ろうして、グラウンドに這っている無数の紅白帽を被ったシロアリを俯瞰してやった。相変わらずセッセと走っている。
「働きシロアリ」
僕のクラス全員へ向けた、立派な差別用語。僕はシロアリなんかにならない。

 一人で畦道を歩いた。別に顔を上げたって前には誰もいないし、振り向いたって誰もいない。あるのは僕の足跡と、これから足跡をつけられよう道である。太陽は夕日へと変わり、田んぼの苗には一匹の赤トンボが、風で飛ばされないよう、しっかりとしがみついている。風が吹く度に、コートの襟を立てようかと手を襟元にもっていったが、この時期にするアクションではないと思い、その両手をポケットへとすべりこませた。夕日はどんどん沈み、しまいには高々とそびえ立つ山々と交錯する。空は真っ赤に腫れ上がり、その上をカラス達が横切る。耳をすますと、ありとあらゆる虫達の産声がところ狭しと泣叫ぶ。ふと気付くと、赤トンボは姿を消していた。長い夜の始まりが告げられる。

 部屋へ戻ると、とりあえずCDプレーヤーの電源を入れる。僕の意志的な行動ではないが、とりあえず電源を入れている。そしてナット・キング・コールの「モナリザ」がとりあえず流れる。現代のポップミュージックも聴くが、とりあえず「モナリザ」を聴く。自然体にとりあえず。そしてベットへ寝っころがった。まず天井を眺め、次に目を閉じ、深く息を吸って、目を開けると同時に息をはく。そして出窓に置いてある観葉植物を眺めた。するとそこに一匹のカエルの姿が見える。
「やあ、ジュンペイ」とカエル。
「やあ、カエル君。でもなぜ君は喋るんだい?そしてなぜ僕の名前を知っている?」
「なぜ喋るかって?それはジュンペイがカエルと喋ることができるから、僕の言葉を理解できるのだよ。他の人間には僕の言葉を聴いても、ゲロッ、ゲロッ、としか聞こえやしない。君の名前?悪いけど、ジュンペイの中学時代のアルバムを見せてもらったよ。なんでジュンペイは集合写真の右上にいるんだい?しかも白黒じゃないか。でもすぐに君の名前がジュンペイだとわかったよ。良い写り方したね。」
「それは嫌味かい?」と、僕は別に腹も立てず言った。
「まあ、そんなことはいいじゃないか。それにしてもジュンペイ。僕は今怒っているのだよ。」会ったばかりの人物に(カエルだが)僕は怒られたことが、生まれて一度もなかったので、少し僕は驚いたが、なおもカエルは続ける。
「今日の三限目の理科の時間、君のクラスで解剖の実験があっただろ。なぜ僕らカエルを使うんだ。あのカエルはな、三丁目公園の池に住んでるヒロシの爺さんなんだぞ。あの地域の自治会長さんなんだぞ。」
「そうだったんだ。でも僕はあのカエルが自治会長のヒロシさんとは知らなかったし、なんせ僕はその授業に参加してない。ずっと本を読んでいたよ。」
「きっとヒロシの爺さんは今頃、ホルマリンにでも付けられているんだろうなぁ。」カエルは少しうつむき加減になっている。しかし実のところ、そのカエルは解剖後、担任の教師が焼却炉に捨てているのを僕は見かけていた。しかし、それは告げてはいけないと思い、僕は黙っていた。
「ところでジュンペイ。各駅停車ってなんだい?」
その瞬間、僕の身に潜む羞恥心の感情がうずきだした。頭の中は機能が停止するほどのアドレナリンが噴出している。そして羞恥心の感情がウイルスとなる。頭の中をアドレナリンで満たされてしまった今、僕の身体にある全てのありとあらゆる「穴」から、そのウイルスが吹き出してしまいそうであった。