冗談まじりな昼下がり

 予定より少し早い時間に着いた。真冬のように、肌を刺すような厳しさではないにしろ、そろそろ冬支度を始めるこの季節。「残された時間が僕らにはあるから」ある曲のワンフレーズ。万人が決まって見過ごしてしまいそうなそのワンフレーズが、僕という存在を築き上げる要素の核にズシリと重くのしかかる。あと半年というカウントダウンが、僕の胸の鼓動とともに刻み込まれる。そしていずれ僕らの前には矛盾、理不尽、絶望、失望、不純という名の社会が立ちはだかる。そしてあらゆるところで僕らは屈服する。そう、僕らは至極弱い生き物なのだ。そしてその事実を僕らは認知することでしか存在を認められない。
 「クールダウンの果てに」これは今僕が書いている小説である。いや、作文としておこう。売れるわけじゃないのはもちろん、万人に拝見してもらえる訳でもなく、高度な技法を使った文でもなく、ただ、僕の自己満足として作られたもの。僕が良ければそれでよい。しかし、それなりのキッカケはあり、簡単に言ってしまえば「過去への精算」とでもいおう「作文」である。僕は予定時刻より早く来たため、その執筆に精を出すことにした。
 ナツと会った時間午後1時。呼び出したのは僕の方。これが今日の僕にとって大事な予定である。「社会の矛盾」という言葉がこの世から消えてしまうという一大事件よりも大事な話を僕らは交わした。社会のシステムなどどうでもいい。なるようになるだろうし、どうにもならない。そして、どうにもならないことは、どうになってもいいものである。ナツは昨日、一匹のカメを見たらしい。その会話に出てくるカメ自体に、別にメタファのようなものはないし、何か訴えかけるものもない。ただ僕はその話を真剣に聞いていた。内容的には昨日起こった珍事件というものだが、その話のどこかに僕は愛着を感じずにはいられなかった。その話は可憐であり、キュートであった。ナツの一生懸命さが、その内容の希薄な物語を脚色したのかもしれないし、主人公のカメがその話を脚色したのかもしれない。もしかしたら、僕らのいた環境がそうさせたのかもしれないし、昼下がりの午後が影響したのかもしれない。とにかく僕らは笑ったのだ。この薄汚く汚れた、矛盾や理不尽、過った道徳観が共存する世界の中で、僕らはたった一匹のカメのいたってノーマルな会話で笑ったのだ。不純が占める現代社会で、「笑い」という純粋な構築物が凛々しく輝いていた。