慟哭の日々よ(2)

夜通し雨が降っていた。
昨夜、私は寝付くことができず、長々と雨音を聴いていた。窓を開け放ったまま聴いていたから、部屋中、雨の匂いで充満している。漆黒の闇が明け方とともに引き裂かれ、無数の雨たちも、その裂かれ目に吸い込まれていった。
 
ベランダに出ると、雨粒たちが朝日に反射していて、子供のころ、昼下がりの飲み物として出されたサイダーの「ビー玉」を思い出す。葉を指で弾くと、無数のビー玉はコロコロと転がり、地面に落ち消えた。無常の影が跡を残す。

大学も四年を迎えると、講議らしいものもなく、ただ、ありふれた時間を過ごしていくこととなる。大学へ行くとしても、その大半は図書館で過ごすこととなる。しかし、今日は図書館には行かず、大学の近くにある「アンティークカフェ」へと向かう。もちろん、片手には本が備わる。今日はヨ−スタイン・ゴルデルの「ソフィーの世界」を持って行った。「アンティークカフェ」には、同じクラスのハルコが働いている。ショートヘア−の良く似合う、健康観あふれる、魅力ある女性。ここに訪れると、私の核はくすぐられ、まるで彼女の手のひらで転がされている気分がする。しかし悪い気はしない。むしろそれを私は望んでいた。店のドアを開けると、鐘の音がなり、彼女の「いらっしゃいませ」という声が聞こえる。
「今日はずいぶんと澄んだ目でのお出迎えだね」
「相変わらずクサイわね。でもね、キレイな目の持ち主は、景色までキレイに見えるのよ。それにしても君、ずいぶんと眠たそうな目をしてるわね」
手の上で、彼女はいつでも私を転がしている。
「昨晩は夜通し、雨粒たちのオーケストラを聴いていたから」
「それはロマンチックなこと」
私はいつも通り、入って右奥のテーブル席に腰を掛けた。店の中の何から何まで、アンティークな物である。いつか彼女は言っていた。
「アンティークってね、作られて百年経って初めてそう呼ばれるのよ。だから君も百歳になったら、人間アンティークなんて呼ばれちゃうかもね」
「でも僕は百歳までは生きたくないな」
私はカプチーノをオーダーされる。毎日のように私が来るものだから、彼女は今日、私が何を飲むかを把握している。例えそのオーダーが、私の頼みたい物と違っても、私はあたかも、それが飲みたかったのだと言わんばかりに、おいしそうに飲むことを努める。でも今日はそうしなくて済みそうだ。
私は彼女の手のひらで転がされている。手の上でカプチーノを啜りながら、私は「ソフィーの世界」に意識を浸透させる。