怠惰な時間

 俺は二泊三日で旅行に行ったが、正直ここまで怠惰な生活を過ごした旅行は初めてだ。とりあえず岩槻の知人の家に全日前乗りした俺だが、この旅行、いくつかの課題を自分に課した。


1.とりあえず夜は寝ない。

2.飯はバカ喰いする。
 
3.誰よりも喋る。

4.ヤンチャする。


以上が怠惰4箇条だが、結果から言って満点に近い。


前乗りの夜、俺はハンバーグを合計550グラム食べた。最初の400グラムは知人いわく「ワラジ」らしい。俺はむさぼるようにその「ワラジ」にガッついた。
もちろんその夜から俺の「怠惰的行動」は始動している。
とりあえず喋りまくってやった。


でも誰もかまってくれず3時消灯。

バンドマンH君から
「詩を書いてみない?」
の一言にやる気を触発された俺は、翌日の車内で詩を作成する。
携帯に詩を書く習慣のある俺は、ただひたすらに思考、思考、思考。


そして酔う。


着いて早々スノボを始める。
そう。
全体での旅行の目的はスノボ。
でも俺の目的は怠惰。
熱が39度近くあっても滑走するK君やT君、足の膝を痛めてもリフトに乗るY君たちからは、微塵の怠惰も感じられない。


俺は一番に宿舎に帰宅。

なんという芸術的怠惰。
ちなみに俺の携帯も、新潟の山奥では怠惰であった。
「バリ3」という死語が懐かしい。
でも、今どき「バリ3」は俺に言わせれば怠惰だ。

その日の夕食、俺はバカみたいにハンバーグを食べた。
合計2個食べた。
「沢山食べる男はカッコイイ」と巷では有名らしいが、多分俺の食べ方はダサイ。
怠惰に「カッコイイ」の言葉は不格好なわけである。

その夜、俺には2つのニックネームが付けられた。
「天龍」
そして
「80年代」
天龍の由来はわからないが、80年代の場合、俺のヘア−が7:3のためらしい。
翌日から俺の頭から分かれ目が消える。

今回の旅、総勢15名の大部隊なわけだが、全員野郎。
それはそれで楽しい、いや、かなり楽しい。
女児の前で怠惰は許されないような気がするから。

翌日は午前中から皆が滑走する中、俺は午後から社長出勤。
翌々日は俺は寝過ごす。
何しにきたんだ?俺。
……あっ!!
怠惰!!


そうそう、確か露天風呂があった。
怠惰は伝染するらしく、その露天は旅館の名物であると思ったが、水だった。
怠惰の感染は携帯のアンテナから露天へと移ったらしい。

帰宅の車中でも、俺は作詞に没頭する。そして予定通り酔う。
おきまりのパターンが怠惰らしさを醸し出す。

でも、怠惰的生活を志してきた俺だって、真面目な話の1つや2つはした。
旅行も終盤にさしかかると、やっぱり顔を出す。


「卒業だね」

その一言で俺の怠惰の志しは払拭されてしまう。

「もし残り数十日、みんなと一緒にバカしても、多分この空しさって埋まらないよね。ますます広がるばかりだよね。」

社会の大きさと脅威が、日に日に輪郭を帯び出してきた。
怠惰な旅行も、怠惰な生活も、怠惰な思考も卒業しなくてはいけない。
そしてリズミカルで型にはまった社会の生活に順応しなくてはいけない。
「社会の歯車」に合わせた歩みは、なるべく避けてきたつもりだが、今となってはもっと「脱線」すべきだったと思う。でも、その「脱線」はいくらはみ出しても、はみ出し切ることはないのだとも思う。


新潟の星は輝いていた。東京の星はどんよりした空に隠れていた。
新潟の水は自然の冷たさに温もりを帯びていた。東京の水は赤茶けて、冷酷な「ミズ」
だった。



とりあえず、東京の生活に慣れることから始めよう。